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京都地方裁判所 平成5年(行ウ)26号 判決 1995年6月30日

原告

藤田孝夫

右訴訟代理人弁護士

片見冨士夫

被告

京都市長

田邊朋之

右訴訟代理人弁護士

崎間昌一郎

主文

一  被告が、原告に対し、平成四年三月五日付けでした「経費支出について(市政記者との懇談会関連)」の「懇談会に出席した相手方の会社名、個人名及び債権者名」の部分を非公開とした決定のうち、「債権者名」を非公開とした部分を取り消す。

二  被告が、原告に対し、同年九月二四日付けでした「経費支出について(報道機関との懇談会関連)」の「懇談会に出席した相手方の会社名、個人名及び債権者名」の部分を非公開とした決定のうち、「債権者名」を非公開とした部分を取り消す。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が、原告に対し、平成四年三月五日付けでした「経費支出について(市政記者との懇談会関連)」の「懇談会に出席した相手方の会社名、個人名及び債権者名」の部分を非公開とした決定(以下、本件処分1という)のうち、市政記者の個人名を除く部分を取り消す。

二  被告が、原告に対し、同年九月二四日付けでした「経費支出について(報道機関との懇談会関連)」の「懇談会に出席した相手方の会社名、個人名及び債権者名」の部分を非公開とした決定(以下、本件処分2という)のうち、市政記者の個人名を除く部分を取り消す。

第二  事案の概要

一  訴訟物

本件は、原告のした、京都市公文書の公開に関する条例(平成三年七月一日京都市条例第一二号・以下、本件条例という)に基づく公文書の公開請求に対して、被告がその一部を非公開とした本件処分1、2をしたので、その取消を求める抗告訴訟である。

二  争いがない事実

1  原告は京都市民であり、被告は本件条例の実施機関である。

2  原告は、平成四年二月二一日、本件条例に基づき、被告に対し、「広報室とマスコミとの間の協議懇談に要した費用とその内容が分かるもの(平成二年度、同三年度)」の公開請求をしたところ、被告は、同年三月五日、右請求に対応する公文書としては、「経費支出について(市政記者との懇談会関連)」と題する件名の公文書一四通がこれに当るとした上、これら公文書に記録されている情報の一部が、本件条例八条一号、二号、七号に該当するとして、本件処分1をした。

3  原告は、平成四年九月四日、本件条例に基づき、被告に対し、「京都市とマスコミとの間の協議懇談に要した費用とその内容が分かるもの(平成三年一二月二二日以降)」の公開請求をしたところ、被告は、同年九月二四日、右請求に対応する公文書としては、「経費支出について(報道機関との懇談会関連)」と題する件名の公文書一通(以下、前記公文書一四通と合わせて、本件公文書という)がこれに当たるとした上、この公文書に記録されている情報の一部が、本件条例八条一号、二号、七号に該当するとして、本件処分2をした。

4  原告は、本件処分1に対しては平成四年三月一七日、本件処分2に対しては同年九月二五日、異議申立てを行ったが、被告は、平成五年九月一七日付けで、いずれも棄却した。

三  争点

本件各処分の適法性

1  本件公文書に記録されている非公開情報の本件条例八条一号該当性

2  本件公文書に記録されている非公開情報の本件条例八条二号該当性

3  本件公文書に記録されている非公開情報の本件条例八条七号該当性

四  争点に関する当事者の主張

1  被告

(一) 本件条例八条には、「次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしないことができる」旨規定され、その一号に、「個人に関する情報で、個人が識別され、又は識別され得るもののうち、公開しないことが正当であると認められるもの」、二号に、「法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報で、公開することにより当該団体又は個人の競争上又は事業活動上の地位その他正当な利益を明らかに害すると認められるもの」、七号に、「市が行う許可、認可、試験、争訟、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報で、公開することにより次のいずれかに該当するもの」と規定され、同号ウに、「関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるもの」、同号エに、「当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められるもの」がそれぞれ規定されている。

(二) 本件公文書は、市政記者等報道関係者との懇談会(以下、懇談会全体を本件懇談会という)に係る経費支出決定書であるが、これらには、懇談会経費の金額、支出科目、理由(懇談会の開催日、懇談会の趣旨、概要の記載)、債権者名、経費内訳(料理、ビール・酒等の単価と数量、サービス料金と税額)、相手方出席者個人の氏名とその所属会社名(場合によりその人数、その職名)、京都市側出席者個人名とその職名がそれぞれ記載されている。

(三) 本件懇談会は、京都市の幹部職員もしくは広報室室長ほか広報室職員が、市政記者等報道関係者と市政に関し率直な議論を交わし、そのなかで市政情報を相手方出席者に開示し、市政広報を充実させるとともに、そこで相手方出席者から率直に出された市政への要望、批判等を今後の市政運営に役立てることを目的として、市の広報業務の一つとして行われたものである。

(四) 本件公文書のうち、相手方個人名及びその所属会社名を非公開としたのは、その情報が、本件条例八条一号に該当するからである。

前示のような本件懇談会の性質上、懇談会の出席者名は、開催当初から、第三者に公開されることを予定していないものである。このように、京都市の広報業務としてなされる懇談会であっても、これに出席した私人である相手方にとっては、私的な出来事と評価できるものである。本件条例八条一号は、私事に関する情報のうち性質上公開に親しまないような個人情報が記録されている文書を公開しないことができるとしているものであり、懇談会に出席した相手方としては、懇談会の具体的な費用、金額等まで他人に知られたくないと望むものであり、そのことは正当なものである。したがって、本件公文書のうち私人である相手方に係るものは、相手方が識別できるようなものであれば、同号により公開しないことができるものである。

また、本件公文書の公開部分には、「理由」欄において、懇談の相手方として、論説委員、市政記者、在京報道機関幹部(以下、これらを市政記者等という)などと記載されているから、会社名(その職名も含む)を公開すれば、個人名を公開しなくても、当該会社の市政記者等の人数も限定されており、その記録内容自体から、あるいはその他の関連情報と照合することにより、懇談会出席の相手方個人が容易に了知される可能性があるものであり、これは相手方を識別できる情報であり、保護されるべき個人情報と同視できるものであり、本件条例八条一号に該当する。

(五) 本件公文書のうち、相手方会社名を非公開としたのは、本件条例八条二号に該当するからである。

本件懇談会は、京都市としては、率直に市政情報を開示する機会であるが、一方、これに出席した市政記者等にとっては、市政情報につき市幹部等から情報収集する機会であり、一面、取材活動の一つである。

そうすると、懇談会に出席した相手方会社名を、地方公共団体が公開すること自体は、報道機関の取材活動の自由と取材源の隠匿という報道機関の堅持すべき行動原則を間接的に損なうこととなり、これは、相手方会社の事業活動上の地位を明らかに害することとなる。また、会社名を明らかにすることにより、各報道機関に対する京都市の対応の粗密、各報道機関から京都市への対応の粗密が明らかとなり、それによる購読者等から各報道機関に対する憶測誤解を生み、京都市の評価材料とされたりする等して、相手方会社の競争上、事業活動上の地位を害することになる。

さらに、本件懇談会に関連して住民訴訟(本件懇談会経費の返還訴訟)が提起されており、この訴訟提起を支持する立場の個人、団体あるいは競合するマスコミから、出席した当該報道機関への個別的批判、攻撃が向けられるおそれもあり、公開することにより相手方会社の競争上、事業活動上の地位を害することとなる。

(六) 本件公文書のうち、相手方個人名及び会社名を非公開としたのは、本件条例八条七号に該当するからである。

本件懇談会は、前記のとおり、公開的な討論・協議形式ではなく、懇談会形式によるごく内密的な要素をもつ協議・討論の場であり、単なる公式的意見表明にとどまらない、京都市幹部職員の市政の具体的課題についての率直な情報、意見が開示され、一方、相手方参加者からも市政についての率直な意見、要望、批判等が出され、公開的、公式的協議の場とは異なった情報を参加者双方が取得できる機会でもあり、京都市の広報業務として、本件条例八条七号に定める市の行うその他の事務事業に該当する。

また、本件懇談会のなかには、京都市幹部職員と市政記者等との懇談会も含まれており、これらには市長がかならず出席しており、これらは市長の交際事務として同号のその他の事務事業に該当し、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的とする一面をもっている。

すなわち、本件懇談会は、京都市広報事業の執行のため必要な事項についての報道機関関係者との内密な協議を目的として行われたものであり、懇談会の相手方等が明らかとなれば、相手方において、不快、不信の念を抱き、また、会合の内容等につき様々な憶測等がされることも危惧され、今後この様な会合を開催し率直な意見表明が控えられることが予想される。

このようなところから、相手方会社名を公開することは、京都市と報道機関との信頼関係が著しく損なわれると認められるもの」及び同号エの「当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められるもの」に該当する。

さらに、相手方会社名を公表すれば、前記のとおり、個人名を公開しなくても、当該会社の市政記者等の人数も限定されており、その記録内容自体から、あるいはその他の関連情報と照合することにより、懇談会出席の相手方個人も容易に了知される可能性があり、これら相手方個人との間においても信頼関係が損なわれることとなる。

さらに、市長の交際事務に属する面からすれば、本件懇談会そのものが、相手方との友好、信頼関係の維持増進を目的とするものであり、相手方の公表が予定されている会合でもないから、相手方が明らかになることは、相手方会社に不快、不信の感情を抱かせるものであり、また相手方会社名を公開すれば、相手方個人名が特定されるおそれもあり、それら個人も同様に、不快、不信の感情を抱くことは必至である。よって、同条七号ウに該当する。

(七) 本件公文書のうち、債権者名を非公開としたのは、本件条例八条二号に該当するからである。

本件公文書に記載されている債権者名とは、本件懇談会が開催された場所をさすが、これらは飲食業者であり、いかなる者を顧客としているか、その顧客をどのような金額で接待しているかについて、これを明らかにしないことをもって、その業者の信用保持としているものであり、そのことがその業者の社会的評価にもなっているのである。したがって、債権者名を公開すれば、既に公開している懇談会経費内訳と関連し、これら業者の営業上の無形の秘密が開示されるおそれともなり、公開されることにより、当該業者の競争上又は事業活動上の地位その他の正当な利益を明らかに害すると認められ、同条二号に該当する。

2  原告

(一) 非公開情報の本件条例八条一号該当性

被告は、①本件懇談会の性質上、懇談会の出席者名は、開催当初から、第三者に公表されることを予定していないものであること及び②懇談会に出席した相手方としては、懇談会の具体的な費用、金額等まで他人に知られたくないと望むものであり、そのことは正当なものであるとして本件公文書のうち私人である相手方に係るものは、相手方が識別できるようなもの、すなわち相手方の個人名のみならず会社名も、本件条例八条一号により公開しないことができる旨主張する。

しかしながら、①の点については、本件懇談会の性質からは当然に導かれるものではない。しかも、本件公文書には、個人の発言内容は含まれておらず、非公開決定されたのは出席した報道機関側の人名、会社名(及び債権者名)だけである。むしろ、市政に関する情報・意見の交換という本件懇談会の性質からすれば、出席した報道機関側にとっても純粋に私的な出来事とはいえないのであり、氏名、会社名まで公表されない理由はない。

②の点については、懇談会に出席した相手方(報道機関側)が、懇談会の具体的な費用、金額等まで他人に知られたくないと仮に望むものであるとしても、そのことは正当なものではなく保護に値しない。本件公金支出についてはこれを違法だとして住民訴訟が提起されており、問題の多い懇談会故に、出席した報道機関側としては、接待してもらったその費用(金額)まで他人に知られたくないと望むであろうが、その気持ちは保護に値せず、正当なものとは言えない。

(二) 非公開情報の本件条例八条二号該当性

被告は、①本件懇談会は、これに出席した市政記者等にとっては、取材活動の延長にあるとして、懇談会に出席した相手方会社名を公開すること自体は、報道機関の取材活動の自由と取材源の秘匿という原則を損なうこととなり、これは相手方会社の事業活動上の地位を明らかに害することとなること、②会社名を明らかにすることにより、各報道機関に対する京都市の対応の粗密、各報道機関から京都市への対応の粗密が明らかとなり、それにより、購読者等から各報道機関に対する京都市の評価材料とされたりする等して、相手方会社の競争上、事業活動上の地位を害することが明らかであること、③本件懇談会については別に住民訴訟が提起されており、この訴訟提起を支持する立場の個人、団体等から、出席した報道機関への個別的批判、攻撃が向けられるおそれもあり、公開することにより相手方会社の競争上、事業活動上の地位を害することとなる旨主張する。

しかしながら、①の点については、被告が本件懇談会を報道機関にとっての取材活動と認識しているとしたら、そのような会に公費を支出すること自体が問題である。しかも、本件懇談会を行なっていること自体は何ら秘密のことでもないし、そこに出席している市側の人間は明らかになっているのであるから、取材源はもともと明らかであるし、報道機関にしても、市政記者クラブの構成社は明らかとなっており、そこに属する市政記者若しくは論説委員等が出席しているのであるから、個々の懇談会の出席会社名を明らかにしたところで何ら取材活動の自由を損なうことにはならない。

②の点については、取材される側が取材する側と多額な公費を使って懇談会をもつことの当否、特に特定の報道機関とのみそのようなことを行なっているとしたらその当否は更に問題となるのであり、それを明らかにすることは、それにより、仮に報道機関の競争上又は事業活動上の地位が損なわれることがあっても、それは保護されるべき「正当な利益」といえない。

③の点については、仮に会社の名前が知れて、個別的批判を受けることがあったとしてもその批判を各報道機関は甘受すべきである。何故なら、懇談会の費用の返還を求める住民訴訟も含めて、記者クラブのあり方をめぐって議論がなされており、報道機関としてはそれらの問題に対する見解を、これを肯定するにせよ否定するにせよ明らかにする義務があるからである。

なお、債権者の名前を公開しない理由としても本件条例八条二号が持ち出されているが、本件公文書には飲食店を経営する業者の営業上の秘密、ノウハウなど同業者との対抗関係上特に秘匿を要する情報が記録されているわけではなく、また京都市(広報課)による利用の事実が公開されたとしても、特に右業者の社会的評価が低下するなどの不利益を被るとは認め難いので、本件公文書の公開により当該業者の競争上の地位その他正当な利益を害するとは認められない。

(三) 非公開情報の本件条例八条七号該当性

被告は、本件懇談会は、市の広報業務の一つとして行なわれたものであるが、公開的な討論・協議形式ではなく、懇談会形式によるごく内密的な要素をもつ協議・討論の場であり、本件条例八条七号に定める市の行なう「その他の事務事業」に該当し、懇談会の相手方等が明らかとなれば、相手方において、不快、不信の念を抱き、また、会合の内容等につき様々な憶測等がされることを危惧し、今後この様な会合を開催し率直な意見表明が控えられることが予想されるところから、相手方会社名を公開することは、京都市と報道機関との信頼関係が著しく損なわれ、また広報事務の適正な執行に著しい支障が生じることとなり、本件条例八条七号ウとエに該当する旨主張する。

しかしながら、本件懇談会は、市政に関する率直な意見の交換という目的を持ったものであり、何ら「内密の協議を目的として行なわれたもの」ではない。従って、個々の出席者がどのような発言をしたかを除けば(このことは本件公文書には記載されていない)、本件公文書が相手方名まで含めて公開されても、相手方において、不快、不信の念を抱いたり、以後会合への参加を拒否したり、率直な意見表明を控えたりするようなことは考えられない。被告は、本件懇談会は、市長の交際事務に属する面も有する旨主張するが、市長の出席した会合だけ、しかも、部分的にそういう面を有するということだけで、そこから非公開の理屈を導き出すことは許されない。

第三  判断

一  事実認定

証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  被告主張の(一)のとおり、本件条例八条には、「実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしないことができる」旨規定され、その一号に、「個人に関する情報で、個人が識別され、又は識別され得るもののうち、公開しないことが正当であると認められるもの」、二号に、「法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報で、公開することにより当該団体又は個人の競争上又は事業活動上の地位その他正当な利益を明らかに害すると認められるもの」、七号に、「市が行う許可、認可、試験、争訟、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報で、公開することにより、次のいずれかに該当するもの」、同号ウに、「関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるもの」、同号エに、「当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められるもの」がそれぞれ規定されている。

(乙一)

2  被告主張の(二)のとおり、本件公文書は、市政記者等報道関係者との本件懇談会に係る経費支出決定書であるが、これらには、懇談会経費の金額、支出科目、理由(懇談会の開催日、懇談会の趣旨、概要の記載)、債権者名、経費内訳(料理、ビール・酒等の単価と数量、サービス料金と税額)、相手方出席者個人の氏名とその所属会社名(場合によりその人数、その職名)、京都市側出席者個人名とその職名がそれぞれ記載されている。

しかし、本件公文書には、本件懇談会における出席者の発言内容等会談の具体的な内容は一切記録されていない。

(乙三ないし一六、一八)

3  京都市では、市政の基本方針を始め、重要施策や各種の事業、行事など市政に関するあらゆる情報を、的確に市民に知らせることが極めて重要と考え、広報誌を発行するほか、テレビ、ラジオの自主広報番組の制作を行って、市政情報の提供を行うとともに、広報室(現在では市長室広報課)内に市政記者室を設け、各部局からの情報を一括して提供するなどして、様々な情報がニュースや報道記事として取り上げられるように配慮している。

本件懇談会も、このような京都市の広報業務の一つとして行われたもので、京都市の市長を始め幹部職員若しくは広報室長ほか広報室職員が、市政記者等報道関係者と市政に関し率直な議論を交わし、そのなかで市政情報を相手方出席者に開示し、市政広報を充実させるとともに、そこで相手方出席者から率直に出された市政への要望、批判等を今後の市政運営に役立てることを目的としていたものである。

また、本件懇談会の付随的な側面として、市長や幹部職員と市政記者等報道関係者の儀礼的交際の面も否定できない。

(甲一三、乙一九、二〇、証人齊藤武夫)

4  京都市では、庁舎内に前記のとおり、市政記者室を設けているが、これは、京都市市政記者クラブという、京都市内に本社、支社、支局を有する報道機関一二社で構成される親睦団体に加盟している報道機関の記者(各社数名)に、便宜供与されているものである。本件懇談会には、これら市政記者クラブ所属の記者のみならず、右報道機関の幹部や論説委員等も出席している。

本件懇談会は、京都市としては、前示のとおり、率直に市政情報を開示する機会であるが、一方、これに出席した市政記者等にとっては、市政情報につき、市幹部等から情報収集する機会として、取材活動の一つととらえている。

(甲一三、乙三ないし一六、一八ないし二〇、証人齊藤武夫)

5  京都市作成の公文書公開事務の手引(以下、手引という)によると、本件条例八条一号の趣旨は、個人のプライバシーの保護に最大限の配慮をし、個人のプライバシーに関する情報が公開されてプライバシーが侵害されることのないよう、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報を非公開の対象としたうえで、本件条例の目的に照らして、公開を請求する市民の権利を保障するという観点から、公開しないことが正当であると認められるものが記録されている公文書について、非公開とすることを定めたものと解される。そして、特定の個人が識別され得るとは、個人名が明記されている場合のみならず、特定の事項に該当する個人が極端に少なく、極めて容易に当該個人が推定できるような場合なども含み、公開しないことが正当であると認められる情報とは、①年齢、本籍、出生地等の戸籍的事項に関するもの、②意識、性格、趣味等の内心の事項に関するもの、③生活保護受給状況等の生活状況、生活記録に関するもの、④学歴、犯罪歴、行事参加状況等の経歴、社会活動に関するもの、⑤傷病歴、健康診断結果等の心身の状況に関するもの、⑥資産の状況、所得額、納税額等の所得、財産の状況に関するもの等他人に知られたくないと認められる情報を意味するものと解される。

(乙一)

6  手引によると、本件条例八条二号の趣旨は、法人その他の団体又は事業を営む個人(以下、法人等という)の営業の自由、公正な競争は、当然に保障されなければならないため、技術上のノウハウ、営業上の秘密、信用力、法人等の内部事情など、公開することにより、当該法人等の競争上又は事業活動上の地位その他正当な利益を明らかに害すると認められる情報が記録された公文書について、非公開とすることを定めたものと解される。

(乙一)

7  手引によると、本件条例八条七号の趣旨は、京都市の行う事務事業の中には、その性質上、公開することによって、その公正かつ適切な執行が妨げられるものがあるため、これらに係る情報について非公開とすることができると定めたものと解される。そして、京都市においては、同号ウの「関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるもの」の判断に当たっては、その結果、同号エの「事務事業の目的が損なわれ、又は公正かつ適切な執行に支障を生じる」かどうかを基準として、厳格に運用するものとされている。

(乙一)

8  なお、平成四年度以降、京都市幹部職員と市政記者等との懇談会は、会費制によって行われるようになった。

(証人齊藤武夫)

二  争点1(非公開情報の本件条例八条一号該当性)について

1  本件懇談会は、前認定のように、京都市の広報業務の一つとして行われたものであるが、これに出席する個人の側からすると、ある特定の行事への参加に係る情報として、前認定一5④の社会活動に関する情報に該当すると認められる。

してみると、右情報が公開しないことが正当であると認められるもの、すなわち、他人に知られたくないと認められるものに該当するかであるが、ある特定の行事に参加し、誰と懇談し、飲食を共にしたかという事柄は、極めて私的なプライバシーに属する事柄であって、その費用や金額まで知られたくないと考えるのは至極当然のことと認められる。そして、本件公文書には、出席した市政記者等の個人名が記載されているのであるから、これが公開されると、個人が識別されることになる。

したがって、本件懇談会に出席した相手方個人名については、本件条例八条一号に該当するというべきである。

2  また、会社名を公開すれば、前認定のとおり、市政記者クラブの加盟社の数は限定されており、職名(市政記者、幹部、論説委員)は既に公開されているから、他の関連情報と照合することにより、容易に、本件懇談会に出席した個人名を知ることができると認められる。

したがって、会社名についても、個人が識別され得る情報として、本件条例八条一号にいう非公開事由に該当するというべきである。

三  争点2(非公開情報の本件条例八条二号の該当性)

1  本件条例八条二号の趣旨は、前認定のとおり、法人等の営業の自由を保障するため、技術上のノウハウや営業活動上の秘密等に関する情報を非公開事由としたものである。

しかし、本件公文書の記載内容は一2で認定したとおりであって、法人等の技術上のノウハウや営業活動上の秘密等に関する情報が記載されているとは認められない。

2  被告は、本件懇談会は、一面では取材活動の面もあるから、出席した報道機関の会社名を公開すれば、取材の自由や取材源の秘匿という報道機関の堅持すべき行動原則を損なうこと、各報道機関に対する京都市の対応の粗密が明らかになり、読者等から報道機関に対する憶測、誤解、批判、攻撃等が向けられる等して相手方会社の事業活動上の地位を明らかに害するなどと主張する。

しかし、取材の自由や取材源の秘匿は、報道機関側の権利や義務(倫理)であって、取材される側にそのような配慮が必要とは認めがたい。本件懇談会の開催自体秘密ではなく、取材源である市側の出席者も明らかであり、市側の対応の粗密が分かるとしても、そのことから直ちに報道機関の活動上の地位を害することになるとは、容易に認めがたい。本件公文書に報道機関の技術上のノウハウや営業活動上の秘密等に関する情報が記載されていない以上、本件条例八条二号にいう非公開事由には該当しないといわざるをえない。

したがって、被告の右主張は採用できない。

3  被告は、また、債権者名を非公開としたのは、本件条例八条二号にいう非公開事由に該当すると主張する。

しかし、本件公文書の記載内容は一2で認定したとおりであって、債権者(飲食店)の技術上のノウハウや営業活動上の秘密等に関する情報が記載されているとは認められないから、債権者名は本件条例八条二号にいう非公開事由には該当しないというべきである。

四  争点3(非公開情報の本件条例八条七号の該当性)について

1  前記認定事実によれば、本件懇談会は、本件条例八条七号にいう渉外ないしその他の事務事業に該当すると認めるのが相当である。

そして、本件懇談会に出席した相手方会社名が明らかになると、京都市と相手方との信頼関係が損なわれるか否かは、前認定のとおり、本件懇談会ないし同種の懇談会の目的が損なわれ、公正かつ適切な執行に支障を生じるかどうかを基準として、できる限り限定的に解釈すべきである。

本件懇談会の目的は、前認定のとおり、儀礼的な交際の面がなきにしもあらずであるが、それは付随的なものであって、主たる目的は広報業務にあり、関係者との内密の協議を目的として行われたものではない。しかも、本件公文書には、本件懇談会のいわゆる外形的事実のみが記載され、懇談の具体的内容まで記載されている訳ではない。したがって、本件懇談会の相手方が明らかにされたからといって、相手方において、不快、不信の念を抱き、以後同種の会合への参加を拒否したり、率直な意見の表明を控えたりするような、不都合な事態が生ずるとは考えがたい(最判平成六年二月八日・民集四八巻二号二五五頁参照)。

そうすると、本件公文書が公開されることにより、本件条例八条七号ウにいう、関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれたり、同号エにいう、当該又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じるとは認められないというべきである。

2  被告は、また、本件懇談会が、市長の交際事務としての面から、相手方が明らかになると相手方との信頼関係が損なわれ、当該又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると主張する。

しかし、本件各処分は、京都市の広報業務の執行に著しい支障が生じることを理由としており(乙二、一七)、市長の交際事務の執行に著しい支障が生じることを理由としていないから、本訴において、右理由を主張することは許されない。

第四  結論

以上のとおり、本件公文書に記載されている情報のうち、本件懇談会に出席した相手方個人名及びその所属会社名が、本件条例八条一号の非公開事由に該当するとしてなされた本件各処分は正当であるが、相手方会社名が同条二号、七号の非公開事由に、相手方個人名が同条七号の非公開事由に、債権者名が同条二号の非公開事由に、それぞれ該当するとしてなされた本件各処分は違法であり、取消を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官中村隆次 裁判官府内覚)

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